松秀寺は、嘉元年間 (一三〇三~五)に武蔵の国高井戸に真教が開創し、仏頂山浄光寺と称しました。 真教が七〇歳の頃です。江戸時代になって紀州家の当主宗将(ムネノブ)が、藤沢二六世の快存に帰依して、宝暦二年(一七五二)、高井戸より白金村に移し、松秀寺と改めたということです。